田中派旗上げに参加

通常国会の会期末もおしせまった5月9日夜、私は同志の高鳥修、小沢一郎、羽田孜君などと期待に胸をはずませながら柳橋にむかった。元帥と愛称される党人政治家の元老木村武雄氏(現建設大臣)の案内で田中角栄氏擁立の会が開かれることになったからである。会費二千円、縦にならべられた細長いテーブルの上に、黒ぬりの弁当がならべられているだけの質素な宴席である。しかし参加者は予想をはるかに上まわる81名、衆議院では佐藤派より二階堂進、亀岡高夫氏等38名。それに無派閥の私と小沢辰男氏(新潟)が参加して40名である。とくに参議院からは衆議院を上まわる41名が参加し、重宗王国にきずかれた参議院は、福田という伝説を完全に吹き飛ばしてしまった。とくに木村元帥より指名された私は、「今日まで党近代化を主張し、無派閥の一匹狼としてやってきたが、これからは、田中内閣の実現によって庶民大衆の政治をつくり上げるという目的のもとに先輩諸氏と行動をともにしたい」と挨拶をした。このこと、私は新聞記者に、「まさに老人と青年の会、参議院のオールドパワーと衆議院のヤングパワーの集まりであった。」と語ったが、後代に良き社会を残そうとする老人たちと、未来に新しい時代をつくろうとする自民党のヤングが、田中内閣の実現という目的で一致したのは愉快であった。やはり田中陣営に参加した福島県出身の一竜斎貞鳳氏にさそわれた私は、梶山静六、奥田敬和、中山利生、林義郎、左藤恵、斉藤滋与史、佐藤守良等の同志とともに、この日ばかりは柳橋で名高い柳光亭で痛飲した。田中派の旗上げに参加して多くの同志を得た喜びとともに、自民党の派閥政治という大勢のなかで、ついに自分も派閥政治の渦巻の一員に組み込まれてしまったという反省が、かすかに私の心をよこぎった。柳光亭の楼上より大川をへだてて明滅するネオンが静かに流れる大川の水面を美しく映し出している。酒にほてった顔を川風が心地よくなでてくれる。しばし私は友人たちの喧噪をよそに、柳橋の夜景に目をはしらせていたのである。

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